2009年7月29日水曜日

第二回、色についてのあれこれ「桜色」

 あたかも時が止まったかのように、遅々として更新が滞っているのはなんで?
 と、周りから物言わぬ圧力にさらされております。隣に座っている偉い人、露骨に横で溜息をつかないでくださいお願いします(←はよ書け(A.F.E一同)

 さて、皆さんこんにちは。Colour Labからお届けします。本当に久しぶりの更新になってしまいました。
 前回更新が三月ですか……。これは、まぁ、なんといいますか春眠暁を覚えずといいましょうか。私にとって七月は春と同じということなのでしょうね(マテ。……冗談はともかく。

 もうしばらくしたらHPでもこの4か月の成果をご紹介させていただけると思うのですが、まずはちゃちゃっとほったらかしのことから手をつけていきたいと思います。

 第二回、色についてのあれこれ「桜」。はじめますー。

 「桜色」


 初めに紹介する色はこの色と決めていました。本当は桜の季節に合わせてご紹介させていただきたかったのですが、過去のことはもう振り返りません(開き直った)。春爛漫のころには、花見に行かれた方もたくさんいらっしゃたのではないでしょうか。
 日本人の桜好き、というのは今に始まったことではなく、江戸時代は勿論、遠くは平安時代にまでさかのぼります。平安時代当時の桜といえば、現在の「ソメイヨシノ」ではなく、「山桜」のですが、その淡い薄紅色は当時の人々をも虜にしました。この当時、日本人の服装といえば当然和装なのですが、桜の名前は重ねの色に頻繁に出てきます。
 重ねというのは何かというと、和装をされておられる方はご存じだと思いますが、着物の表裏の色を変えることによって色を表現する手法です。たとえば、表は白、裏に赤花という色の組み合わせを「桜の重ねの色」という風に表現します。赤花という色は……これもそのうち紹介するかもしれませんが、基本的には明るい赤色です。この赤花を白い生地越しに見ると、やや薄いピンク色に見えると思います。このように、裏の色を表の生地ごしに透かして色を見た時、見える色合いを重ねの色、という風に言います(説明が下手ですいません^^;)。
 現在に生きる私たちからすれば、こういう重ねの手法などをとらずに最初から桜色に染めた布でおしゃれしたらいいんじゃないの?、と思われるかもしれません。その方が早いように思いますし。しかし、染屋の立場から考えると、おそらく当時の染色技術では、淡色の染色は色が安定しなかったのではないかな、と想像してしまいます。色止めとか、そいう薬品が全く発達していなかった時代ですから……。桜色のような薄い色では太陽の光なんかで簡単に色が飛んでしまったのではないかなぁ、と。日本の伝統的な古色として、現在でもたくさんの色名が伝わっていますが、これらの伝統色の多くは基本的に中色から濃色の染色が多く、薄い色は濃い色に比べずっと数が少ないように思います。この「桜色」も「重ね」ではなく染め色で出てくるようになるのは平安時代から下ること数百年、江戸時代に入ってからだとも言われています(江戸中期、紺屋伊三郎染見本帳より)。

 つまり平安時代の人たちは、どーしても桜色を着物に加えたいという切実な思いから、重ねの色という着こなし方を考えついたのかもしれません。……すごい色へのこだわりです。そして文献をひも解くと彼らの桜色への情熱がものすごいものだったということを見て取れます。。例えば、上では桜の重ねの色は「表は白・裏は赤花」という風に書きましたが、別説が19も存在します(おそらく一つの重ねの色目でこれだけの説があるのは「桜」のみだと思います)。また、その別説というのもちょっと考えさせられるものでして。普通、桜を思い浮かべるとき、私たちはピンク色を思い浮かべると思います。だから裏に赤、表に白の重ねは容易に理解できるのですが、表に白、裏に二藍、を用いることで桜の重ねとする、という別説があります。二藍というのは中色ほどのややくすんだ紫のような色です。当然、紫に白を重ねてもピンク色には見えないでしょう。桜の色にはふさわしくないように思えます。しかし、もし日差しの強いとき桜の花が日陰に入っていたのなら、あるいは黄昏時に月が桜を照らしていたのなら、その花びらが紫に見えることは十分に考えられます。実際に染めてみるとわかるのですが、桜色を染めるには赤一系統の染料で染めても桜色にはなりません。隠し味に多少の黄系統の染料も入れますが、青系列の染料は必須なんです。この青味が光線の加減や強さによって、桜の色を薄紫にも変えてくれるのでしょう。その移ろいを当時の人は観察していて、だから桜の重ねに「表白、裏二藍」なんていう、組み合わせができたのだと思います。こういう別説が桜の重ねには19。群を抜いています。

  加えてこの桜色、「桜の重ね」とは別の重ねの色として、「樺桜」、「紅桜」、「白桜」、「松桜」、「花桜」、「薄花桜」、「桜萌黄」、「薄桜萌黄」、「桜重」、「葉桜」、「薄桜」などどんだけ桜が好きなんよ、というくらい「桜」にちなんだ重ねの色目があります。これらの重ね色にも多くの別説がありその組み合わせを考えると当時、いかに桜が特別なものだったのかと、想像するにやぶさかではありません。

 日本伝統古色の中で、桜色は紅染めの中で最も淡い色調をもつ色だとされています。事実、古色に分類される赤系統の色でこの桜色よりも薄い色はありません。……もちろん染色技術や染料の質が向上した現在、この桜色よりも薄い赤系の色というのは存在しますが桜色以上に知名度のある紅染めはないでしょう(横道にそれますが私の知る限りもっとも薄い赤系の色は「里桜」と名付けられた極薄の桜色です。あまりに赤みが薄すぎて一見すると白にしか見えない、染屋泣かせの色です。色が安定せず、染めるのが非常に困難。そのため、この色名は近い将来忘れ去られることでしょう)。
 桜色に対応する海外の色名は当然ピンクになるのでしょうが、その歴史は意外に浅いことが知られています。ピンクに代表される薄い赤系の色は近世にはいるまであくまでレッドのカテゴリーに分類されており、当時はピンクも赤も区別がされていなかったそうです。

 だからやっぱり、千年以上前からこの薄紅色に執着し続けているこの国の人にとって、今でも桜色は特別な色なのではないかな、と思うのです。これが夏にも関わらず「桜色」を色の紹介の一番初めに持ってきたかった理由だったり。

 ……やはり長くなってしまいました。

 以上、色についてのあれこれ「桜色」。終わりにしたいと思います。

 また次のブログでお会いしましょう。失礼しました。


遠藤染工場 Colour Lab / Art Fiber Endo 商品企画室